人に対してあれこれ言っちゃう心理

人の事情にあれこれ言わない人。
人の事情にあれこれ言う人。

 

筆者は比較的後者だ。
人にあれこれ言ってしまいがちだと思う。
(筆者知人ならば思い当たる節があるかもしれないがw)

 

世話焼き。おせっかい。熱い。ほっとけない。ウザい。関係ないじゃん。出しゃばり。
その時その時で色んな印象に受け取られる事だろう。

 

なぜあれこれ言ってしまうのか?を今回自己分析してみる。

 

基本的には、その人の為。というのがベースにある。
というか、そのはずだ。そうであってほしい。

どういうことか。

目的が1つだけということは決してないわけであって、人にあれこれ言うとき、目的に人の為/自己満が混じっているはずだ。

『いやいや、100%人の為に私は人の相談毎聞いてます!』と思われる方がいるかもしれない。

筆者的には、これは『相談乗っている自分が好き、気持ちいい』といった自己満にもつながる。という考えだ。

というか、自身が関わっている以上、100%自身に関係ない、100%人の為と言うのはありえないと思う。

 

上記、『人にあれこれ言うとき、目的に人の為/自己満が混じっている』を前提に、『人の為』が要素多めであってほしいなあ~、『自己満』の方が大きいとださいしヤダな~ということである。

なんで人毎っぽいかというと、自己分析が100%できている人はいない、他者分析が100%できる人もいないのであって、そもそも感情という領域に『正しい』も『正解』も存在しない。なので自己断定はできないし、100%理解は無理というか、そんなものはない。

なので不確定っぽい、人毎っぽい言い方をした。

 

さて、話を元に戻す。

筆者が人にあれこれ言うとき、目的として、人の為/自己満が混じっている。

で、人の為というのは、それこそその時々だし、ここで分析したいテーマじゃない。

それに『私はこんなにいい人なのよ』と自分で話す程サブイものはない。

 

なので、ここで分析したいのは、目的のうち『自己満』の方である。

(それだけを書くと、ただただ筆者がクズっぽい文書にしかならないので、ここまでだらだら前置きした笑)

 

という訳でやっと本題。

筆者が人にあれこれ言うときの目的のうち『自己満』について考えてみる。

 

今のところ思い当たるのは以下4点。

 

 

それぞれ掘り下げてみる。

 

1、人の相談に乗っている自分が好き

これはなんでだろうか。。

もう、気質というか、何してたら気持ちよく感じるか、という類の話だから多分説明できない。というか意味ない。

ただ、もともとこの気質だったのか、学生時代、何度か部長・学級委員長などの経験から、この気持ちよさを覚えたのか。

どっちが先かは不明。

 

2、自慢、マウント

相談乗るふりするマウント、なんて言葉は最近よく耳にするかもしれない。

まあそれです。

ネット記事とかで目にするようなやつ。

ここで同じ話しても無駄だしめんどいので、説明は割愛。笑

繰り返しだが、相談乗るふりするマウントが一定あったとしても、それが100%ってことはない。と思いたい。

 

さて、優越感と劣等感は裏返しなんて言うが、まさにその通りだと思う。

劣等感/優越感は少なからず、全人類皆感じている。

違いとしては

・劣等感/優越感を感じることが多いか少ないか

・それを表に出す量

である。

 

正直申し上げると、私は優越感を感じる(感じてしまう)ことが多い気がする。

(自己診断なんでなんとも言えないけど)

 

私は今、現時点で意識している上では劣等感はそこまでない。

自己肯定感も低くないし、今幸せだ。

ただ、幼少期は特にネガティブで劣等感感じることばかりだった。

この裏返しなのか、無意識的に『昔より良くなっている』と自分に思い込ませたいのか?

それって結局、未だ劣等感が大きい、弱い自分のままではないのか?

これはもう分からん。

きっと答えはでない。

 

あと、気質として生真面目で、『こうあるべき』みたいな考えが無意識的に強い。(これは親の影響も大いにあると思う)

この気質が、無意識的に自分と人とを比べている気がする。

 

健全なのは、本田圭佑曰く、『過去の自分と比べてどれだけ成長しているか』と、とにかく自身にベクトルを向ける事。

いや、分かってはいるんですけど、感じたくて感じてるわけじゃないしなあ。

そんなこと平気で言える本田はメンタル最初から最強なんじゃないか、と疑う。

そんなことを真面目に言えるのは超素晴らしい。

反面、そんな人は面白いのか?

個人的に卑屈さ、ネガ感情が生み出すパワー、面白さが好きだし、弱い人の気持ちが分かる人が好きだ。

真顔でそんな正論いえる人は、つまらない強者ではないのか。。と謎の反感を覚えてしまう。笑

 

3、自己の正当性を主張して、認められた時の快感を得たい

これは、分かりやすく言うと、『このラーメン上手いよ』と私がおすすめし、食べにいった友人が『おいしかったよ!』と言ってくれたら筆者的に気持ちいい。

という感じ。笑

恋愛相談(というか筆者が勝手にあれこれ意見した時)の例をあげると、非モテ男子に対して「とりあえず打数勝負でいこう」と言う時とか。

 

これは、そのまんま筆者の経験談である。

恋愛の入り口は『見た目至上主義』に苦汁を飲まされてきた(まあ自分でも苦汁を勝手にのんでるのもあるんだけどw)筆者だが、『見た目至上主義』の甘い汁をすするイケメンに対抗するため、とにかく打数で勝負した。

過去、それで彼女が何人かできた。

そこには苦労もあったが、その中で凡人が見出した勝ちパターンだ。

なので、『このパターンで成功したよ!』=『筆者が苦労して得たパターンの正当性?が認められた』となり、快感な訳である。

 

4、過去、自分も経験したパターン(もしくは類似)の失敗で、やられっぱなしになっていることが許せない

これも非モテ男子への相談事例で考えてみる。

・A男は、B子に対してずっと片思いだった。

・B子は彼氏がいたが、A男に対して思わせぶり素振りをみせていた。

・思い切ってA男は告ったが、やむなく撃沈。

・A男はB子と結ばれることはなかったが、B子が忘れられず、激しく病んだ。
 ⇒これに対して、筆者は「忘れる為にも、とりあえずがむしゃらに出会いの場に行き、いけそうな子にアタックしよう」と言う。

 

なんと筆者はワンパターンであること!笑

まあしゃあない、非モテなんでしゃあない(悲しい)

さて、筆者はA男にこのまま病んだままでいてほしくない、B子に苦汁を飲まされた?ままでいてほしくない。という思いがある。

これは、今から4年程前、筆者もひどい恋愛トラウマがあるので気持ちとても分かるからである。

 

【筆者の恋愛トラウマ(通称「台湾ショック」)について】

社会人2社目で同僚の台湾人ガールと付き合う。だが速攻で社内三角関係発覚。

嘘つかれて結果捨てられて、向こう2人は速攻デキ婚し、半年間ほど闇落ちた事件。

闇落ちした半年間、とにかく失恋による傷を失恋によって癒したかった為、恋活しまくっていた。

向こう2人より幸せになるため、いや、そう感じないと、闇から抜け出せなかった。

半年たって妥協なき彼女ができた為、闇から戻ってこれた。

 

『私を搾取した台湾ガールは許せないが、それ以上に一方的に搾取された私自身を許せない』

『一方的に搾取される側になる位だったら、搾取する側になったほうがいい。』

という歪んだ考えが芽生えた。

一般的に健全でない考えだったことは分かっている。

現に友達にも『その考えでほんとに幸せになれると思えない、自分大事にしなよ』的なことも言われた。

 

だが、これしかしょうがないし、これでいいのだ。

闇落ちした人間が這い上がるには、健全でなくてもなんでも、ガソリンが必要なのだ。

自分を捨てた・裏切った人より絶対自分の方が幸せになる、という復讐心?は強力なガソリンになる。

このネガ感情ガソリンで、ともかく動いていないと、負の感情に押しつぶされて、二度と立ち直れなくなる懸念があった。

だから不健全な動機でもなんでも、とにかく動いた。

ベルセルクの主人公ガッツ的な感じ。ww)

 

自身の過去バナから恋愛相談事例に戻す。

前述の通り、私は闇からなんとか這い上がることができた。

A男が落ち込んだままだと、B子に屈したこと(?)になる。

(勝手に好きになって勝手な言い分なんだけどww)

 

なんか、これが自身の経験とトレースして、とにかくこの事実が許せないのだ。

強いて言えばだが、私からしたらB子は別によい。

むしろ、全然感謝してもいいくらいだ。

私で言う台湾ガールだが、地獄の経験を私に与えたが、私は這い上がって一回り大きくなり、耐性がついた。(あと一生のネタができたw)

ながらく許せなかった台湾ガールであるが、4年たった今、私は『いい経験ありがとう』とガチで思えるようになった。

全ての経験はスパイスであって、それを活かす殺すは自分自身。

 

A男の気持ちが分かるからこそ、やられっぱなし(?)になって、経験を活かせてないのが、許せない。

同情の気持ち、応援したいは大いにある。が、それ以上以上に、許せないという感情の方が大きい。

 

結論、こんな感じで、同じように自身の失敗談にトレースしてしまい、許せない感情になることが稀にある。

なので非常に身勝手ながら、やられっぱなしになってほしくない、そうならないで欲しい。覆せ!

と思ってあれこれ言うのである。

 

※人の事勝手にトレースして許せない時点で、台湾ガール全然許せてないじゃん!とお思いの方へ

100%許す、忘れるは土台無理。それくらいつらかった。

だが、許せない以上に、教訓になって、いい経験になった。

いい思い出だけがいい経験ではない。

むしろ失敗談を乗り越えたときの方が人の真価が発揮される。

だからいいのだ。

100%許せてるわけじゃないけど、それ以上に『いい経験をありがとう』なのだ。

(あと毎度ネタにできる経験になったことも感謝。笑)

 

さて、本項目は『3、自己の正当性を主張して、認められた時の快感を得たい』と近いようで、全然違う。

本項目は過去の傷が疼いちゃう、的な?

3は快楽にたいし、4は苦に近い。

これ同意してくれる人いるのかな。笑

 

4が異常に長くなったけど、今思いつくのはここまで。

また思いついたら追記していきたい。